発達に凸凹があると、自己肯定感が下がりやすいのではないかと感じています。実際に発達障害を持つ上の子は自己肯定感が低めで時折投げやりになるような言動もみられます。今回は、上の子の話として、日々の関わりの中で感じてきたことをお伝えしたいと思います。
忘れ物、多動…指摘され続けることで「自分はダメだ」という思考に

上の子は、発達障害の確定診断が出る前から、忘れ物が多かったり、じっとしていられずそわそわ動いてしまったりすることがありました。強烈なエピソードだと、学校へ行くのにランドセルを忘れる…とかね。
親を含め、周囲からそうした部分を注意されることが積み重なると、本人の中にも「自分はダメだ」という感覚が根付いてしまうのではないかと感じています。実際、上の子の口から「どうせダメだし」という言葉が出ることもありました。
自己肯定感が下がると、こんな弊害があると感じた
ちょっとした指摘にも必要以上に落ち込み、気持ちを切り替えるまでに時間がかかることがありました。落ち込むという形で表面に出ることもあれば、行き場のないモヤモヤを爆発させて当たり散らすような行動に出ることも…
また、一度うまくいかなかったことが、そのまま「苦手なもの」という意識に直結してしまうことも少なくありません。自己肯定感が低いままだと、本来持っている力を発揮する前に、気持ちの面でブレーキがかかってしまうのかもしれません。
日常的に褒めても、あまり響いていないように見えた
こうした様子を見て、日常的に褒めるようには意識してきました。ただ、正直なところ、それが本人にあまり響いているようには見えませんでした。親からの言葉というのは、思っている以上に効果が薄いのかもしれないと感じています。
「叱る」ではなく「指摘」に変える。でも塩梅は今も分からない
そこで意識するようになったのが、感情的に叱るのではなく、事実として端的に指摘するという関わり方です。そして、指摘するだけで終わらせず、その後どう対策するかを一緒に考えるようにしていました。ただ、指摘ばかりが続くのもよくないような気がして、どのくらいの頻度や伝え方がちょうどいいのか、正直今でもよくわかっていません。
正解は分かりませんが、親自身が子どもの特性をきちんと理解しておくことは大切だと思っています。特性や性格は子どもによって全く違います。自分の子どもにどんな風に声をかけるか、どんな対策があっているか、一番身近にいる親が理解して一緒に寄り添いながら考えていきたいと思っています。
一番響いたのは、先生からの声かけだった
私たち親の言葉よりも、上の子にとって一番響いていたように感じるのは、学校や塾の先生からの声かけでした。同じような内容でも、親から言われるのと、先生から言われるのとでは、本人の受け止め方がまったく違ったように思います。
別記事に書いた塾時代の小さな出来事ですが、上の子にとって先生の言葉は今でも小さな自信につながっているように思います。
塾の担当の先生が発達特性や子どもの様子に理解ある先生であれば、
「ポジティブな声かけをお願いします」
「自信をなくすことが多いので小さいことでも褒めてください」
などお願いしてみるのも良いかもしれません。私は当時全く上の子の発達特性に気がつくことができなかったので、こういったお願いは全くできていませんでした。
最後に
振り返ってみると、こうした自己肯定感の低さが、受験勉強そのものに直接影響していたという実感はあまりありません。ただ、こういった自己肯定感の低さがはっきりわかったのは、実は中学生になってからのことで、おそらく、受験期の頃から本人の心の中にはすでにあった感覚だったのだろうと、今になって思います。受験期から本人の中には確かに存在していた悩みだと思うので、自己肯定感がすっかり下がりきってしまう前に、少しずつ対処していくことの方が大事なのではないかと、今は感じています。
上の子の発達特性のことだけでなく、下の子のことも含めてその日のことを書き留めておくことをしています。私は日記帳ではなく、大きめの手帳を使っていてそこに記録をつけています。嬉しかったこと、悩んだこと、これからどうしていくか…一日のいろんなことを整理して書く時間が結構好きだったり。



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