上の子には、発達障害の特性のひとつとして、過集中と、その反動のような電池切れの波があります。ただし、中学受験当時はまだ発達障害がわかっておらず、「これが過集中」「これが電池切れ」と明確に認識していたわけではありませんでした。当時は「頑張ってるな」「疲れたんだな」くらいの感覚で見ていたというのが正直なところです。
過集中とは、電池切れとは

過集中とは、あることに没頭しすぎて、休憩や切り替えのタイミングを見失ってしまう状態のことです。電池切れは、その反動のように、急に何もできなくなったり、ぐったりしてしまったりする状態を指します。発達障害の特性として、こうした状態になりやすいことがあるようです。
専門的な知識はないので詳しくは説明できませんが、過集中はADHDやASDの特性のひとつとして紹介されています。当時は発達障害の診断もおりておらずわかっていなかったのですが、後から振り返ってみると、この特性は中学受験時代にも現れていました。
過集中していた時の様子
過集中は、好きな科目の好きな単元で起こりやすかったように思います。特に算数と理科は、一度集中し始めると、なかなか止まりませんでした。文章を読むのが好きだったこともあり、読書をしている時や国語の問題文を読んでいる時にも、同じような状態になることがありました。
当時は、それを「集中して頑張ってるな」という感覚で見ていました。声をかけても気づかないほど没頭している姿を見て、むしろ頼もしく思っていたくらいです。
一言添えておきますが、過集中はこの「声をかけても気づかない」が少し独特で、気づかないというより聞こえていないという感覚が近いです。一見、無視しているかのようにも見えてしまうこともあると思います。
電池切れした時の様子
一方の電池切れは、上の子の場合、集中力がなくなるというより「寝てしまう」という形で現れることが多かったです。過集中の後、糸が切れたように眠ってしまう。無理をさせるわけにはいかないと感じ、そのまま寝かせるようにしていました。
ただ、ずっと寝かせっぱなしにするのではなく、夜の睡眠に影響が出ないよう、生活リズムを崩さない程度のタイミングで起こすようにもしていました。当時は、それを「頑張ってたし、疲れたんだな」という感覚で受け止めていました。
今だからわかる、波との付き合い方

当時は、「過集中や電池切れと付き合う」という感覚自体がありませんでした。発達障害という視点そのものがなかったので、ただ様子を見守っていただけだったのだと思います。
今は薬で多少落ち着いている部分もありますが、それでも長く集中した後は、必ず長めの休憩を取るように本人も意識しています。また、夕方ごろにお昼寝の時間も必ず確保するようにしています。当時とは違い、今は特性として理解したうえで、意識的に波と付き合うようになりました。
最後に
当時は、「頑張ってるな」「疲れたんだな」という感覚的な対応でしかありませんでした。ただ、今振り返ってみると、それが結果的に波に寄り添う対応になっていたのだと思います。今は特性として理解したうえで、休憩や昼寝を意識的に取り入れています。知らなくても、子どもの様子をよく見て無理をさせないという姿勢自体が、大切だったのかもしれません。
もし同じように過集中や電池切れの波がある子と向き合っているご家庭があれば、無理に止めさせようとせず、その子のリズムに合わせて休憩や睡眠の時間を確保してあげることを意識してみてほしいと思います。
上の子愛用のタイマーです。もちろん、休憩時間の管理にも欠かせません。お昼寝時間だけでなく、くつろぐ休憩時間もタイマーをかけていないと、ついついダラダラと伸びがち。発達障害と時間管理、永遠の課題かもしれません。



コメント