二次障害を防ぐために、伴走中に気をつけていたこと

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上の子の発達障害がわかったのは、中学受験が終わったあとのことで、受験期間中は発達障害という視点自体を持たないまま伴走していました。今振り返ると、もしあの時すでに発達障害がわかっていたら、二次障害を防ぐためにこんな伴走の仕方を意識していただろうな、と思うことがいくつかあります。今回はそのあたりを整理してみたいと思います。

二次障害って、そもそもどんなもの?

前置きとして、私は素人で専門的な話は詳しくないので、簡単に触れる程度にしておきます。

二次障害というのは、発達特性そのものが直接引き起こす困りごとというより、周囲の理解不足や無理な負荷が積み重なることで、自己肯定感の低下や不安・不調といった形で二次的に現れてくるものというイメージで私は捉えています。実際に上の子は自己肯定感が低めだと感じますし、発達障害由来の疲れやすさや不調(具体的には感覚過敏からの頭痛)などを訴えることもあります。

当時の我が家には、そもそも発達障害がわかっていなかったのでこんなこと思いもしませんでした。だからこそ、今になって「あの時知っていたら」と思う場面がいくつも浮かびます。

もし当時、発達障害がわかっていたら意識したこと①(声かけ・結果への向き合い方)

まず変わっていたであろう関わり方は、声かけの仕方です。当時は、良い結果の時も悪い結果の時も、あまり深く考えずに感覚でやりとりをしていたように思います。できないこと・やらないことに対して、しつこく理由を聞くことも当時はありました。発達障害を考えるとしつこく聞くことはあまりいい対応ではなかったと思います。

もし発達障害という視点を持っていたら、指摘は端的に、そして褒める部分はしっかり褒めるようにしたと思います。何より、課題を明確にして、見通しを持たせてやることが、上の子にとっては大切だったのではないかと感じています。もちろんこのあたりは、発達特性の有無に関わらず、子どもの性格によるところも大きいとは思います。

もし当時、発達障害がわかっていたら意識したこと②(負荷・休息のバランス)

もうひとつ意識しただろうと思うのは、勉強量やスケジュールの詰め込み方です。当時は「頑張れば頑張るほどいい」という受験生の空気の中で、休息よりも勉強時間を優先させてしまう場面が多かったように思います。発達障害という視点があれば、本人の特性に合わせて、休息とのバランスをもっと意識的に取っていたのではないかと感じています。

ADHDの子に向いているとされる勉強法のひとつに、ポモドーロ・テクニック(25分勉強したら5分休憩する、というのを繰り返す方法)があります。これを知ったのも、上の子の発達障害がわかってから。本当に、もっと早くわかっていれば…と思うことばかりです。

ただ、上の子の場合はどうもポモドーロのやり方が合わず、いまだに試行錯誤している最中です。集中している時に休憩を取らなければいけないという状況に本人はストレスを強く感じてしまうようです。時間を変えてやってみてもどうにもダメでした。休息の取り方ひとつとっても、この子に合う形を見つけるのは簡単ではないと感じています。

知らないうちに、本人を支えていたもの

二次障害は、無理解や負荷の積み重ねで起きてしまうものです。ただ、その逆もまた然りで、小さな肯定の積み重ねが、本人を支える土台になることもあるのだと思います。

上の子の「得意」は、場合の数でした。塾の授業で、先生がそれを褒めてくれたことがあります。先生はおそらく、特別に意識してその一言をかけたわけではなかったと思います。ただの、日常のちょっとした一言だったはずです。それでも、その一言は今でも本人の心を支える一部になっています。意識していなくても、小さな一言が、本人にとって大事な一言になることがあるのだと、この経験を通して感じています。このエピソードついては、別記事でも詳しく触れています。

最後に

当時は知らなかったけれど、今振り返るとこうすればよかったと思うことがいくつもあります。当時は分からなかったとはいえ、早めに病院や専門機関と繋がっていれば伴走の仕方も変わっていたかもしれません。今発達障害で悩んでいる方や「もしかして…」と思っている方の何かの参考になればと思います。

ポモドーロタイマーならこれが個人的には使いやすそうだなぁーと感じています。他にも色展開があるのですが、色ごとに少しずつタイマーが違っているので使いやすそうなものを選ぶのが良いと思います。向きを変えるだけでタイマーがスタートという機能は小学生にとっておもちゃになりにくいというのもポイント高いですね!

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