上の子の受験期、私は専業主婦でした。下の子がまだ小さく、発達特性があるとはわからないまでも目が離せない時期だったので、専業でいることを選んでいました。ただ、下の子の受験期は状況が変わり、扶養内パートをしながらの伴走になりました。専業と兼業、両方を経験したからこそ見えた、兼業時代のリアルな1日をお伝えしたいと思います。
なぜフルタイムではなく、扶養内パートを選んだのか

フルタイムではなく扶養内パートを選んだ一番の理由は、夫が激務で、家庭のことを一切頼ることができなかったからです。そのため、少しでも子どもの生活リズムに合わせられるよう、シフト制で融通が利きやすい職場をあえて選びました。
もし受験期にどうしても両立が難しくなったら、パートを辞めることも視野に入れていました。子どもの受験を第一に考えるという気持ちだけはパートを探している段階から決めていたことでした。
勤務時間と我が家の一日の骨格
パートの勤務時間は10時から15時でしたが、通勤や仕事前の準備の都合上、9時に家を出て、16時過ぎに帰宅する生活でした。月に何度かは残業もあり、そういう日は17時以降の帰宅になることが多かったです。
基本的には塾がある日は、朝のうちに夕食用のお弁当を作り、冷蔵庫に入れておくところから一日が始まります。下の子の方が学校からの帰宅が私が帰宅するよりも早かったので、保温弁当箱に入れるための温めや準備は子ども自身にお願いしていました。並行して塾の準備をしながら私の帰宅を待ってもらい、帰宅すると同時にそのまま塾へ送迎する、という流れです。
残業の日・長期休暇中はこうしていた
あらかじめ残業がわかっている日は、朝のうちに学校へ塾の道具とお金を持たせて通学させ、学校から直接塾へ向かってもらいました。夕食のお弁当は、道中で買ってもらう形です。
また、夏休みなどの長期休暇中は、塾の授業時間が仕事の時間と重なることが多く、送迎ができないケースがほとんどでした。そのため、長期休暇中は公共交通機関を使って自分で通塾してもらっていました。昼食や夕食が必要な日には朝のうちにお弁当を作って冷蔵庫に入れておき、子どもに準備して持っていってもらいました。
送迎の後の時間の使い方

塾へ送り届けたあとは、少し休憩をとってから夕食の準備に取りかかります。専業主婦だったころは、お弁当と夕食を兼ねて作ることができていましたが、兼業になってからは、朝にお弁当、夜に夕食と、別々に用意する必要がありました。
帰宅後すぐに送迎というのは慌ただしさはあるものの、送迎が終わってしまうと少し自分の時間は作りやすかったです。上の子は学校で下の子は塾なので、自分のペースで動くことができました。とはいえ、その自分時間もほぼすべて家事に消えていたのが実情です。
家事をこなし、送りの際に決めておいた迎えの時間になったら、また塾まで迎えに行く。小6のころは、ほぼ毎日塾だったのでこの生活の繰り返しでした。
小5までとの違い、小6ですれ違う時間が増えた
正直、小5までは週の半分ほど塾がありません。そのため、小5までの塾のない日には、宿題の確認や苦手単元に一緒に取り組む時間を作っていました。ところが小6になると、毎日のように塾がある生活になり、宿題の確認や何気ない日常会話も、送迎の車内で交わすくらいしかできなくなっていました。
専業主婦時代の上の子とは小6になっても一緒にいることが多く感じていましたが、働き始めるとそうはいかないんだなと小6の時は強く感じました。
ただ、下の子の受験直前の1ヶ月だけは事情を話してパートを休ませてもらい、つきっきりで伴走しました。これは子どもの心の支えや勉強管理などをしたいという気持ちと同時に、インフルエンザなどの感染症対策という意味合いも大きかったと感じています。
最後に
振り返ると、扶養内パートとはいえ兼業での伴走は決して楽ではありませんでした。それでも、限られた時間だからこそメリハリをつけ、送迎の車内や帰宅後のわずかな時間を大切にする。そんな工夫の積み重ねが、我が家なりの両立の形だったのだと思います。
我が家が使っていたお弁当はコチラ!本当に受験期〜中学入学後もお世話になりました。育ち盛りの子には少し物足りない量ではありますが、塾での夕食の時間はそう長くはないので少なめくらいでちょうど良かったと思います。中学入学後は「ちょっと足りないなぁ」とよく漏らしていたので、別のお弁当箱に変更しましたが、「やっぱり温かいお弁当食べたい」と保温弁当に戻すこともよくありました。


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