中学受験を終えた親御さんに「やってよかったですか?」と聞かれたら、多くの人は「よかった」と答えると思います。私も基本的にはそう思っています。でも、胸の奥に「本当にそうだったのかな」という問いが消えないことも、正直なところです。
今回はきれいごとなしに、今の気持ちをそのまま書いてみようと思います。
上の子のことは、今でも胸の奥にある

上の子は今、通信制高校に通っています。私立中に入学したものの、さまざまな事情が重なって進学した学校から離れることを選択しました。
成績面での問題、体調面での問題、対人関係での問題。どれかひとつが原因というわけではなく、いくつかのことが絡み合った結果です。詳しくはまた別の機会にお伝えできればと思っていますが、今回はここまでにしておきます。
上の子は学校から離れた理由を「学校はよかったけど、自分がちゃんとしなかったから」と言っています。その言葉を聞くたびに、複雑な気持ちになります。学校への不満がないこと、自分に原因があると考えていること、そして自分なりに原因を受け止めていること。それは上の子の強さだと思います。でも同時に、あの受験をさせなければ違う道があったのかな、という気持ちが頭をよぎることもあります。
中学受験自体は、伴走中の思い出や合格発表を一緒にみたことを思うと「やってよかった」と言えます。が、進学後のことまで考えると…答えは出ません。今もそのままです。
下の子はやってよかったという気持ちが強い

下の子については、今のところやってよかったという気持ちが強いです。志望校に合格して、学校生活も充実しているように見えます。
ただ正直に言うと、「まだわからない」という気持ちもあります。上の子のことがあるからこそ、「今うまくいっているから大丈夫」とは簡単に言い切れない自分がいます。
これからどんなことが起きるかはわからない。何か対人関係のトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない。成績が悪くて外部の学校へ行くしかなくなるかもしれない。不登校で出席日数が足りなくなるかもしれない。考えるとキリがありません。上の子も最初は「やってよかった、学校が楽しそう。」と思っていましたから。
そんな心配はたくさんありますが、下の子については、現時点で中学受験をやってよかったと思っています。
それでも、伴走してよかったと思う理由
「やらせてよかったか」という問いとは別に、「伴走してよかった」という気持ちは2人に対してどちらも強く持っています。
2人とも、今も親子関係がとてもいいのです。一緒に出かけることもあるし、好きなものや日常の出来事を話してくれます。「こんな話、親にするんだ」と思うような話題も共有してくれることがあって、その度に嬉しくなります。
それは、受験期に一緒にもがいた時間があったからだと思っています。上の子と掴み合いになった夜も、なかなか成績が上がらない下の子と一緒に頭を抱えた時期も、あの時間がなければ今の関係はなかったかもしれない。しんどかった日々が、今の親子関係の土台になっているのだと感じています。
中学受験の結果がどうだったかとは関係なく、あの時間を一緒に過ごしたことは、間違いなくよかったと思えることです。
最後に
「中学受験、やらせてよかったですか?」という問いへの答えは、今も出ていません。上の子については特に、これからも答えが出ないまま抱えていくことになるかもしれない。それでも、それでいいと思うようになってきました。
簡単に「よかった」と言い切れない経験も、親として正直に持ち続けることが大事なのかなと。そしてその問いを抱えながらも、子どもの隣に居続けることが、伴走の本当の意味なのかもしれないと感じています。
同じように「本当によかったのかな」と心のどこかで思っている親御さんがいたら、その気持ちはおかしくないと伝えたいです。正直に悩める親であることは、決して悪いことではないと思っています。


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